2020年2月11日死去|野村克也さんの名言に学ぶ人生の「そなえ」とは?|本の感想・要約・まとめ

2020年2月11日死去された野村克也さんてどんな人なの?

野村克也さんの人生の「そなえ」について勉強したい!

あなたはもしかしたら、野村克也さんの死亡ニュースを通じて、野村克也さんがどんな人間だったかに興味をもって、当記事にたどり着いたのかもしれません。
野村克也さんといえば、野球の名監督として知られていましたが、なぜ名監督と言われたのか、その理由について詳しく知っている方は少ないのではないでしょうか。
かく言う私も、野村克也さんのことをあまり知らなかったので、この機会に野村克也さんの著書を読み、本の感想を含め、その人間性について感じたことをまとめてみました。
 
当記事「2020年2月11日死去|野村克也さんの名言に学ぶ人生の「そなえ」とは?」を読めば、野村克也さんの名言や、その著書「そなえ」の内容について知れるだけでなく、
野村克也さんの数々のエピソードや名言から学べる人生の教訓について学ぶことができます。
 
当記事の最後に、大阪で本好きが気軽に集まるコミュニティとして主催している神戸大阪朝活読書会をご紹介しています。
当読書会では、生き方や働き方にフォーカスして意見交換をしています。
もしこの記事を読まれた読書好きの方で、読書会に興味があるという方は、ぜひ読書会でお会いできたらと思います。
当記事が、あなたのお役に立てれば幸いです。

2020年2月11日死去した野村克也さんとは?

まずはじめに、野村克也さんをあまり知らない方に向けて、プロフィールを紹介します。
彼の経歴から、どのような人生を歩んできたかを想像すると、その名言の重みを感じられるかもしれません。 
野村克也
(のむら かつや、1935年6月29日 – 2020年2月11日)
京都府竹野郡網野町(現:京丹後市)出身のプロ野球選手(捕手)・コーチ・監督、野球解説者・野球評論家、タレント。
 
愛称は「ノムさん」「ムース」。血液型はB型。

選手としては、史上2人目の三冠王達成(世界のプロ野球史上初の捕手による三冠王)、選手出場試合数歴代2位、監督出場試合数歴代3位、通算本塁打数歴代2位、通算安打数歴代2位、通算打点数歴代2位、通算打席数1位(11970打席)、通算打数1位(10472打数)、通算犠飛数歴代1位(113犠打)、通算併殺打1位(378打)、ベストナイン19回受賞で1位などの記録を持つ。
特に1963年に記録した52本塁打は後に1985年に落合博満も記録するが、その落合と並んで日本出身の日本国籍選手における1シーズン最多本塁打記録である。
 
また、監督としても「平成」(1989年1月8日 – 2019年4月30日)期間の最多勝利記録(1,053勝)を保持する。
プロ野球では南海、ヤクルト、阪神、楽天の監督を歴任したほか、日本体育大学客員教授なども務めた。
晩年の所属事務所はエフエンタープライズで、継子の団野村が運営するKDNスポーツジャパンがマネジメント代行を行っていた。
元東北楽天ゴールデンイーグルス名誉監督(2012年まで)。
(引用:wiki
野村克也さんは、選手として、監督として日本のプロ野球に絶大な影響を与えた人物です。
選手として三冠王を達成するだけでなく、監督としても最多の勝利記録を保持しています。
そして、その監督時代にどのようなスタンスで野球をとらえていたのか、どのような考え方をチームに共有していたのかを紐解いていくと、
私たちの仕事や人生にも役立つエッセンスが見つかります。
 
野村克也さんの考え方を垣間見ることができる有名なエピソードがあります。
初めて監督に就任したヤクルトスワローズ(当時万年最下位の弱小チーム)において、初めての選手とのミーティングを実施した際、野村克也さんはホワイトボードに「なぜ人は生きるのか?」と書かれたそうです。
選手たちは、野球の話、練習や戦略などの話をするとばかり思っていたため、面を食らってしまったそうです。
野村克也さんは、「なぜ人は生きるのか?」という問いから、選手たちに、なぜ野球選手として野球をプレイしているのかを考えてもらいたかったそうです。
 
誰のために野球をしているのか?自分のため?お金や名声のため?スポンサーのため?応援してくれているファンのため?
そしてその真意は、選手たちの長い人生を考えた野村克也さんの深い愛情からくるメッセージを伝えたいという思いでした。
野球選手に限らず多くのスポーツ選手はその選手生命はとても短いものです。
選手として活躍できなくなって引退をした後の人生のほうが長いと言えます。
野球選手生命が終わった後に、手にした大金で新しい仕事に転じて成功する人もいれば、そのお金を無駄に使ってしまい失敗する人もいます。
その違いはひとえに、人間性の違いだと野村克也さんは考えていたそうです。
野球選手時代に野球のスキルを磨くだけでなく、人間性をも学び、引退後もよい人生を歩んでもらいたい。
自分自身も選手から監督と仕事を転換した経験を持つ先輩として後輩に伝えておきたいメッセージがそこには詰まっていたのです。

野村克也さんの名言に学ぶ人生の「そなえ」とは?

ここでは、野村克也さんの名言を集めてみました。
そなえ」「負けに不思議の負けなし」をはじめとした、数々の名著やエピソードとともに語られる名言の数々を見ていきましょう。
また、野村克也さんは無類の読書家であることでも有名です。
座右の書「菜根譚」からも言葉を引用してその名言の真意を考えてみたいと思います。

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし

野村克也さんは、兵法に関する本を深く愛読していました。なかでも、孫子の兵法宮本武蔵の五輪書はとても参考にされていらっしゃいました。
孫子の兵法は「負けないため」の兵法書です。
宮本武蔵の五輪書も「負けないため」の兵法書です。
勝ちではなく、負けにフォーカスをして、その負ける要因を徹底的に排除していくという野村克也さんの姿勢は、これらの兵法から学んでいたのです。

不器用な人間は苦労するけど、徹してやれば器用な人間より不器用な方が、最後は勝つよ。

野村克也さんは不器用を努力で補ってきた努力の人としても有名です。
人と同じことをやっていては、追いつくことも追い越すこともできない。
プロならみんな練習していて当たり前。
だから、みんなが練習しているさらにその上に、あと一回、
あと一歩、あと一時間を続ける努力が勝負の分かれ目。
この言葉は、アンジェラ・ダックワース著「グリット」などにも共通する継続力の威力を如実に表しています。
才能や器用さ以上に、継続力がプロの世界では勝敗の大きな分かれ目に繋がっているのです。

うまくいっているときは、周りに人がたくさん集まる。だが、一番大切なのは、どん底のとき、誰がそばにいてくれたかや。

野村克也さんは菜根譚を座右の書とされていたことでも有名です。
その菜根譚の名言には以下のような言葉があります。
  • 人間が逆境にある時は心身が成長する機会の中にあるようなものだが、本人はそれを自覚できないし、順風満帆の時は心身が消耗する戦火の中にあるのだが、本人はそれに気が付かない。
  • 逆境にあるときは、身の回りのものすべてが良薬となり、節操も行動も、知らぬまに磨かれていく。
うまくいってきるときよりも、どん底の時に視点を向けた、野村克也さんの言葉からは菜根譚の名言がにじみ出ています。
 

全盛期を過ぎ、落差に耐えつつ、必死にやる、なんてことを惨めと感じる人はいるでしょう。ところが、僕はそうは思わないんですよ。なりふり構わず、自分の可能性を最後の最後まで追求する。そのほうが美しいという、これは僕の美意識です。

世阿弥花鳥風月の名言、「初心忘るべからず」で語られる初心には3つあると言われています。
世阿弥はその著書「花鏡」のなかで、3つの初心について述べています。
24歳に訪れる、「是非の初心」34歳に訪れる「時々の初心」、50歳に訪れる「老後の初心」の3つです。
野村克也さんの美意識は、まさに世阿弥の「老後の初心」について語っていると感じます。

その他名言(リーダーの役割)

  • 組織はリーダーの力量以上には伸びない。
  • 好かれなくても良いから、信頼はされなければならない。嫌われ・ることを恐れている人に、真のリーダーシップは取れない。
  • 「叱る」と「褒める」というのは同意語だ。情熱や愛情が無いと、叱っても、ただ怒られているというとらえ方をする。

その他名言(生き方)

  • 言葉を身につけよ
  • “一”にこだわれ
  • 勝利の女神は言い訳を最も嫌う
  • 未熟者にスランプなし

著書「そなえ」の感想・まとめ

次に、野村克也さんの著書「そなえ」の本のまとめと考察をしてみたいと思います。
先ほど紹介した名言だけではわからない、その奥にある真意を読み取れるかと思います。
その差はいつ生まれるのか。どんな準備をすればよいのか──数多の選手を育てた名将が語る、自分の壁を超えるための実践的哲学!
 
そのときになって慌てても遅い。ただ現状を嘆くのではなく、徹底的に考え、知恵を振り絞れ!人生の転機を迎える時期までにそなえるべきこととは?数多の選手を育て結果を出してきた名将が語る、不器用をも武器にする最強の生き方、考え方!
(引用:Amazon

本を読んだ人たちの感想

仕事とは、人生とは、生きるとは。実際的な経験に基づく哲学が語られている。身の程を知る、謙虚になる、感謝する、努力する、人間的な成長。野村監督はよく考える人だったし、天才ではなかったのだろう。しかし、三冠王になれたし、名監督ともなった。かなり古典からの引用が多く、読書の人であり努力の人であったとうかがい知れる。
 
35才を過ぎた僕。例え50才を過ぎても非常に考えさせられるだろう。何度も読み返したいし、この人の著書は全て読んでみたい。野球に興味ない僕だけど。
 
1995日本シリーズ。イチロー率いるオリックスを圧倒し日本一に輝いた殊勲者は、オマリーでも古田でもなく絶対に野村克也監督でした。当時イチローファンだった中学生の私が野村監督に畏敬の念を抱いた瞬間でした。本書を読んで更に野村信者になってしまいそうです。野村さんは野球の才能がなかった。だから才能のある人より考えた。考えて考えている内に知性が磨かれ気付いたら才能を凌駕していた。本書の題名、「35歳までに」を「全ての大人が」に変えた方がいいです。
(引用:読書メーター

野村克也さんの生き方

最後に、野村克也さんがメディアで紹介された際の動画から、野村克也さんの監督としての生き方について考えてみたいと思います。
私がここでわざわざ説明をするよりも、動画を見ていただいたほうが早いと思いますので、ここで筆をおかせていただきます。